徒然なるままに

こころもよう

なんのために私は生まれたか

今の私は、死に憧れている。大学1年の時に、精神を患ってから、ずっとだ。
以前に、何故生きているか、書いたが、私が死んだら妻が困るからと両親が悲しむからだというのが、生きている理由だ。
ただ、それだけの理由で毎日を苦しみながら、生きている。
だが、精神を患う前、私は、ずっと他人に、
〔ホッとする存在。優しい人。〕と言われ続けていた。小学生の時の恩師である〔おだかせつこ先生〕には、褒め言葉として、お節介焼きと常に言われていた。おだかせつこ先生は、私の一二年生の時の担任で、小学校を去る時に、花束贈呈を私にしてほしいと言って下さった方です。
今、思い出したら、幼少の頃から、私はずっと、自己犠牲を伴っても、他人の為に行動をする人間であった。大学1年のあの、精神崩壊のきっかけも、彼女への自己犠牲による献身が、きっかけだった。
ただ、その時、違っていたことは、私がその自己犠牲に、耐えられなかったことと、その後の彼女の変貌ぶりだった。その話は、トラウマとして約22年かけて、心の奥深くに、やっと封印したものなので今は掘り起こさないようにする。
この封印が、出来て、やっと少しだけ、まわりを見る力が僅かだが戻って来た。
昔のようにパワフルな、まわりへの献身には、まだほど遠いが、今、少しずつだが自己犠牲を伴っても、周りの人間を助けるという行動が、自然と、とれている場面を感じるようになった。
もちろん精神を患っている上での上記の行動は、私の精神を激しく揺さぶりバランスが取れなくなることに、なる場合が多い。
しかし、最近、私は、思い出した。私は、こういう人間だったのだと。
もし、人それぞれに、なんのために生まれたかが、決まっているならば、私は、自己犠牲も顧みずに近しい人を助ける為に生まれた存在なんだと、そう思う今日この頃である。