2つの案件(間接的殺人と心の殺人)

ハムラビ法典のように、皆の命の重さは同じなのだろうか?捕捉すると、目には目を歯には歯をというような等価法なのかという疑問です。

森友問題で、財務官僚が二人無念の死を、とげた。私は底辺を這いつくばって生きている人間だから、妬みから、エリートを生理的に嫌ってしまうけど、そんな私の色眼鏡付きの目からみても、本当に目も当てられないほど、辛い、いや酷い、いや表現が見付からないほど……………の痛ましい死だった。

この二人を死に追いやって、更に、トカゲの尻尾切りをしようとしている人間。どれだけ心を傷めているか分からないが反吐が出る。

公文書書き換えという違法は、確かに民主主義を揺るがしかねない放置できない問題だが

何故、今まで苦労してエリート街道を歩いてきた人間が、こんな行為をしなければならなかったか?無念のなか死ななければならなかったのか?当事者でない私でも悔しくて仕方がない。私は、正直、テレビに映るくらいの政治家で、全くクリーンな人は現実的に考えていないと思っている。森友や家計のようなことは、残念ながら当たり前な話しだと思っている。ただ森友で問題を大きくした根元は、総理の不用意な、ひとことだと思う。

あのひと言は、最終的に人を死に追いやった。法で裁けない殺人だと思う。

別の話しになるがストーカーイコール全て悪者、被害者といわれる人イコール被害者だと言うことにも、とても疑問を抱いている。ストーカーと、ひと言で言っても、ものすごく沢山のケースがあるから、本当に100%ストーカーが悪で、相手側が100%被害者という案件ばかりでないと私は思う。付き合っていて一方的に裏切られて、話し合う機会が欲しくて、それだけで、用済みだから、納得する機会も与えられず、ストーカーと呼ばれる。そんなケースも珍しくないと思う。そういうケースでも、何でもかんでも、ストーカー=悪で、相手は被害者と世論では呼ばれてしまう。

何が言いたいか?それは考える力が低下していて、世の常識に、なにも疑問を持たずに、

物事を判断するひとが多すぎると私は思う。

政治家が、自分の言葉のひと言が、ピストルよりも殺傷能力を持つことを忘れて、怒りで軽率な発言をする。

恋人を平気で裏切って、邪魔になると、一方的にストーカー被害者だと平気で言える世の中。

本当に、もっとよく考えて、人の心を常に持って生きていく、自分を含めた全ての人びとに切望したいことである。

最後に、もと恋人同士だったら、付きまとわれても仕方がないとは、全く思っていません。恋人という特別な関係だったのなら、

一度は、しっかり話し合う機会を持つべきだとは思うが。そのあとも、付きまとったり、嫌がらせをするのは、私もそれは、世論と同じストーカー悪の認識で一致している。